聖なる巡礼地・マチュピチュを訪ねて
南米・ペルーにおいて、人類の定住が始まったとされるのはおよそ紀元前3,000年頃。アンデス文明と呼ばれる高度な文明が花開きました。そして、アンデス文明最後の先住民族国家・インカ帝国時代に誕生したのが「マチュピチュ」です。今なお世界中の旅人を魅了するこの場所の魅力について――ペルー・リマ在住で、ペルー文化の研究を長年に渡り続ける阪根博さんに伺います。
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◆阪根博さん
リマにある「天野博物館(祖父の故・天野芳太郎氏が設立)」の事務局長を務め、ペルー文化の研究・土器・織物の収集・研究家として発掘作業・博物館の運営に携わる。日本マチュピチュ協会理事
アンデス文明の叡智が凝縮された場所
アンデスの深い山々を分け入った先にあり、空からしかその姿を確認できないことから「空中都市」と称されるマチュピチュ。この遺跡には、鉄製の道具を使わずに石を切り出し滑車なしに積み上げる技術や、斜面で作物を栽培する工夫など、インカ帝国が登場する以前に栄えたさまざまな文明の智慧が凝縮されています。精緻な石組みで築かれた遺跡を歩くと、暮らしに取り込まれた自然の摂理や、それを可能にした高度な技術が随所に見られます。
しかしながらマチュピチュには、これだけの発掘調査や科学的な調査が進んでも未だに多くの謎が残されています。
巡礼地としてのマチュピチュ
マチュピチュには神殿や祭壇だと思える痕跡も数多く残っており、インカ帝国の中の聖なる巡礼地だったのではないかと考える説があります。私もその説を支持しているのですが、私がこの地を巡礼地だったように感じるのは考古学的な証拠や理屈だけではなく、遺跡の全景を見下ろす地点に立った瞬間に受ける印象に基づいています。
マチュピチュにたたずみ、谷底から吹き上げるアンデスの風を肌に受けると、古代の人びとの世界観や宇宙観が感じられて神秘的な気持ちになります。何百回と訪れるたびに感じるこの感覚に、この地が巡礼地であったのだと感じさせられるのです。
マチュピチュは人間の築いた文明の痕跡と豊かな自然が融合した世界有数のスポットで、私はこの場所以上に人工物と自然が完璧な調和を見せている場所はないと考えています。ユネスコの世界遺産に、文化遺産と自然遺産双方の登録基準を満たす「複合遺産」として登録されていることも、その証だといえるでしょう。
もちろんマチュピチュがなぜこの場所に築かれたかということに関してはさまざまな説が唱えられており、「聖なる巡礼地」というのもひとつの考え方でしかありません。ですから、マチュピチュとはどういう場所なのかと尋ねられたら、「わからない」というのが正直なところです。
マチュピチュの奥深さ
そのジレンマは、考古学の抱える永遠のテーマでもあります。考古学の世界では、発掘によって土の中から出てきたものによってそれまでの常識ががらっと変わってしまうことも多々あります。発掘調査によってわかることには限界があること、定説となっている解釈が必ずしも正しいとは限らないことを頭に入れておく必要はあるかもしれません。
でも、実際にマチュピチュを訪れて個人として何か感じるものがあったならば、その感覚や印象には正解も不正解もありません。その余白の大きさ、懐の深さこそ、アンデス文明が私たちを惹きつける最大の理由なのかもしれません。
書き換えられる世界史
そもそも長い間、人類の歴史としては「旧大陸(※)で文明が起こった後に、アメリカ大陸の文明が始まった」、と考えられていました。アンデス文明の起源についても同様で、これまでは紀元前1,000年頃に発達した「チャビン文明」であるといわれていました。しかし近年、ペルーの首都リマから北に200キロメートルほどの地点から、紀元前約3,000年頃に築かれたピラミッド状の神殿跡や古代都市の痕跡が発見され、その定説は覆されつつあります。
※旧大陸:ヨーロッパ、アフリカ、アジアなど、コロンブスによるアメリカ大陸到達以前にヨーロッパの人びとに存在が知られていた地域
紀元前約3,000年頃に造られた大型石造建築といえば、真っ先に思い浮かぶのはエジプトのピラミッドですが、この発見によって、旧大陸と新大陸はほぼ同時期にまったく別々の土地に暮らす人びとが似たような文明を築き始めたということが証明されたのです。
ですから最近の歴史学では、このマチュピチュを造ったインカ文明とマヤ文明を加えた「六大文明」と呼ばれるようにもなってきています。さらに発掘調査は現在も、世界中で進んでいます。最近の南米の調査では、アマゾンの源流でおよそ5,600年前の遺跡が見つかっています。この調査が進めば、その歴史はまたしても更新されることでしょう。
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