目覚めるとそこはノルウェーフィヨルド
ノルウェー西岸には、世界的なフィヨルド地帯が続いています。大迫力の絶景の中を本船でめぐるフィヨルド遊覧は、世界一周クルーズのハイライトのひとつです。航海作家カナマルトモヨシさんがその感動をつづります。
フィヨルド遊覧に北欧、ヨーロッパなどをめぐる春の世界一周クルーズの資料をお届けします[無料]
文・構成:カナマルトモヨシ(航海作家)
日本各地のみならず世界の五大陸をクルーズで訪問した経験を持つ航海作家。世界の客船を紹介する『クルーズシップ・コレクション』での執筆や雑誌『クルーズ』(海事プレス社)に連載記事やクルーズレポートを寄稿している。
カナマルトモヨシさん 公式ブログ
バイキング発祥の地、フィヨルド
バイキングの呼称のルーツは古ノルド(古北欧)語のvíkingrにあるという。さらに古ノルド語のvík(ヴィーク)は「湾、入江」を意味する。スカンジナビア半島一帯に点在するフィヨルド(ノルウェー語で「深く入り込んだ湾」の意)のことをヴィークと呼んだため、「ヴィークの人々」を指して「バイキング」と呼ぶようになったともいわれる。約100万年前に北欧全体を覆っていた分厚い氷河が少しずつ溶けだし、谷底を削りながら海へと流れていった。こうしてできたフィヨルドはまさに地球が造り上げた芸術であり、そこを航海する我々は「入江の民=バイキング」の気分を堪能することができる。
ムンクとフィヨルドの浅からぬ関係
フィヨルド遊覧クルーズの拠点・ベルゲン。この港町にあるKODE3という美術館には、あの『叫び』はないが、ノルウェーが生んだ画家エドヴァルド・ムンク(1863~1944年)の作品が多数収蔵されている。パリやベルリン時代を除き、その生涯の大半を首都オスロで過ごしたムンクとフィヨルドの関係は浅からぬものがある。オスロフィヨルドの景観は、彼にとってなくてはならないものだった。そのライフワークの連作〈生命のフリーズ〉の中核をなす『叫び』(1893年)や『生命のダンス』(1900年)にも、オスロフィヨルドが描かれている。1915年には『フィヨルドの冬』という作品も残している。
『フィヨルドの冬』にみるムンクとドイツ
『フィヨルドの冬』が完成する前年(1914年)、第1次世界大戦が勃発。ベルリンで暮らすなどドイツとの関係が深いムンクは、ドイツに反感を抱くノルウェーの若い世代から白眼視された。そんな孤独感が、寂しげなフィヨルドに重ねられている。ナチスが政権を握ると、ムンクの作品は退廃芸術としてドイツ国内の美術館から撤去された。第2次世界大戦中の1940年にドイツがノルウェーに侵攻し、親ナチス政権が誕生。1944年にムンクが亡くなると、妹と友人たちの猛反対にもかかわらず、手のひらを返したようにナチスは仰々しい国葬を営む。ドイツに近いとされたムンクの死はナチスの宣伝に利用されたのだ。
フロイエン山のサンドウイッチピクニック
ベルゲンでフロイエン山に登った。標高320メートルの山頂へはケーブルカーで。これはスカンジナビア半島で最初の客員輸送ケーブルカーで、1981年から40年以上も稼働している。6分ほどで頂上へ。人間ほどの大きさのトロール(ノルウェーの山に住むという妖精)像のお出迎えを受け、展望台へゆく。あらかじめ港沿いにある魚市場(1276年オープン!)でサーモンなど新鮮な魚の切り身とパンを買って、サンドウイッチのランチにする。眼下にはベルゲンの街並が広がり、停泊するパシフィック・ワールド号の姿も一望できる。さらにその向こうに広がるフィヨルドを眺めつついただくサンドウイッチは最高だ。
ソグネフィヨルドがもつ2つの世界第2位
ベルゲン出港の翌朝、目覚めるとそこはソグネフィヨルドだった。ノルウェーにあるフィヨルドの中では唯一、通年で観光ができることもあり、最も高い人気を誇る。その長さは204キロ、水深は最深部で1,308メートルとノルウェーでは最大規模。そしてグリーンランドのスコルズビ湾に次ぐ、世界で2番目に大きいフィヨルドである。フィヨルドの幅は平均5キロほどで、両岸は1,000メートルを超える崖に囲まれる。そしてここに来たら、船の左右だけではなく空も見上げてほしい。なんとソグネフィヨルドの上には電線が渡されている。長さは4,597メートル。これは世界で2番目に長い電線である。
キャビンから眺めるフィヨルドも乙なもの
フィヨルド遊覧中は、ずっとキャビンのバルコニーで自然の造形美を飽くことなく眺めていた。そんな乗客が多い。船はフィヨルドの行きつくポイントで汽笛を鳴らし、海のほうへときびすを返す。そこで、バルコニーにいればときおり降る雨にも濡れることもなく、両岸の風景を楽しめるというわけだ。食事はルームサービスで。つまりキャビンに居ながらにして、フィヨルドの景観を満喫できる。シーニック・クルーズ(素晴らしい景観のなかを航海すること)の代表的存在、フィヨルドクルーズ。全キャビンの7割にバルコニーがつくパシフィック・ワールド号ならではの、贅沢な楽しみ方である。
フィヨルドの密かな愉しみ~客船との遭遇
世界中のあまたの客船が、フィヨルドの壮大な風景に溶け込んでいる。フランスの客船会社ポナンの「ル・シャンプラン」とすれ違う。船名はフランスの地理学者・探検家サミュエル=ド=シャンプラン(1570頃~1635年)にちなむ。前年、フランスのル・アーブル港で見たイタリア船「コスタ ファボローザ」と1年ぶりの再会をし、英国キュナードのフラッグシップ「クイーン・メリー2」を追走する。そしてフィヨルドの絶景や北極圏の白夜、オーロラなどに出会う「世界で最も美しい船旅」を提供するノルウェー沿岸急行船「フッティルーテン」の船との遭遇。日本ではめったに会えない客船の目撃は密かな愉しみだ。
フィヨルドに架かる、幻想的な虹の橋
フィヨルドは息つく暇を与えない。次から次へと、海にいるとは思えぬ狭隘な水路が現れ、船の両側にごつごつとした岩肌が迫ってくる。そんなスリリングな時間のあとには、フィヨルドにある集落を形成するカラフルな家々に目を奪われた。あれが中世ヨーロッパ社会に大変革をもたらしたバイキングのふるさとかと思うと、そのギャップの大きさにやや戸惑いを覚える。朝から断続的に降っていた雨は午後に止み、青空が広がる。そして、雨上がりのフィヨルドには大きな虹がいくつも現れる。静かな峡谷に架かる虹の橋の数々。なんとも幻想的な雰囲気のなか、船はフィヨルドのさらに奥へと進んでいった。
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